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疲れが抜けん 2018年12月7日 

20181207_01.jpg昨日、丹波で遅くまで仕事した後、2時間かけて滋賀まで帰ってきたから、さすがにその疲れが抜けずに残ってしまいました。午前中は昨日のその仕事の報告書・・とくにトラブル発生の詳細をまとめました。結果オーライではあったのですが、今後また同じ穴にハマってしまわないようにと、メーカーサポート側の問題点や、事前に準備すべき注意点を備忘録として残しておけば、自分が担当を外れたとしても後任者が困らないであろうとの配慮から、時間をかけて報告書を作成しました。自分は二度と御免だという気持ちも半分あるのですが。

丹波行き 2018年12月6日 

20181206_01.jpg仕事で丹波へ行ってきました。10時半に現地入り、午前中は事前調査と準備。正午からいよいよ作業開始。設備メーカーのサポートを電話と遠隔操作で受けつつ、順調な滑り出し・・かと思われましたが、次から次へと問題が発生。ひとつひとつ修正して解決していこうとするも、サポート窓口から担当者に電話をなかなか受け渡ししてもらえない・・折り返しの電話を待つ時間ロス。そしてようやく対応してもらえたと思ったら、修正ミス発覚・・何してるねん。途中からはサポート担当に対してこちらから助言するという立場逆転、そして担当外とのことでタライ回しで現れたエンジニアが計三名。1時間で完了するはずだった作業が結局は5時間もかかってしまいました。その後、他にも予定していた作業を片づけてすべて完了したのは19時半でした。帰りの高速道路は空いていたこともあってペースは速く、休憩もほぼ無しで2時間で済みました。勤め先で少し片付けをして、帰りがけに手早く買い物して、自宅に着いたのは22時過ぎ。本当に疲れました。これが今年最後の丹波行きだと思っていましたが・・もしかしたらもう一回、行かなければならないかも。

準備万端? 2018年12月5日 

20181205_01.jpg明日また仕事で丹波へ行くのですが、今回は自分だけでなく外部の人の協力を得ながらの作業になるので、何日も前から準備を始めました。メールに電話、何度も何度も調整をして、必要なものを揃えて、準備万端、整った・・と思ってはいるのですが。正直なところ明日、蓋を開けてみなければわかりません。まぁ、うまく行かなければ原状復帰して出直すだけなんですけど。それが許される状況なので、それだけが救いです。

倦怠感 2018年12月4日 

20181204_01.jpg12月とは思えない、気持ち悪い暖かさになりました。朝から雨が降ったり、かと思えば汗ばむほどの日差しが照りつけたり・・目まぐるしい天気の変化もあってか、先週続いたお葬式の疲れが出たのか、どうにも全身がだるくてたまりません。今日は暑いほどでしたが、今週末には雪マークも出る天気予報ですから社用車のタイヤ交換もしなければならず、タイヤ店へ行くのにタイヤを積み込んだだけで汗が出てきました。いくらなんでも暑すぎます。

トヨタ エスクァイア ハイブリッド 試乗 

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ミニバン試乗シリーズ第三弾はトヨタ エスクァイア。呼びにくいし書きにくい車名です(苦笑。ノア・ヴォクシーと並ぶトヨタ ミニバン三兄弟の一角で最後発車種。その中であえてこれを選ぶ理由は無いのですが、トヨタ店にずっとお世話になってきたので、見積もり取るならエスクァイアになったワケです。
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13年6か月経過 

20181202_01.jpg11月が終わりました。今年の11月は異様なほどに暖かく、いつまでも薄着で過ごせました。そのおかげか急激な気温変化によって体調を崩すということはありませんでした。ただ、少し忙しくてそのせいで免疫力が低下したということはありましたがね。そんな11月の様子を振り返ってみます。
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お葬式 2018年12月1日 

20181201_01.jpg一昨日、地元で伯母のお葬式に参列し、ものすごくひさしぶりに会う親戚の人と話したりしました。その中でいちばん年上のいとこ・・ウチの父は6人兄弟の末っ子なので、いちばん上のお姉さんの子(つまり自分にとってのいとこ)は、父とわずか3歳しか違わない・・自分の親と歳の変わらないそのいとこのお姉さんと話をしていました。そのいとこのお母さん=90歳を超える伯母さんは元気か聞いてみたところ、病院で療養中の伯母さんの動画を見せてくれたりして、まだまだご健在だなと思ったのでした。

しかし、その日のお葬式・・父の4番目のお姉さん=享年85のお葬式が終わって散会し、帰宅してひと息ついた頃、電話がかかってきて、いちばん上の90歳代の伯母さんが亡くなったとのこと。それは驚きましたよ。ついさっき、伯母さんの話を聞いていたところだったんですよ。大正生まれの伯母は、昭和・平成と生き抜いて、もうすぐ4つ目の元号に入るんだなと話をしていた矢先に亡くなってしまうなんて。しかも実の妹が亡くなった翌日に逝ってしまうなんて。もはや下の伯母さんが上の伯母さんを「呼んだ」としか思えない状況に、親戚中が唖然としてしまいました。

そして昨日お通夜が営まれました・・自分は仕事もありましたし、今度は大阪の岸和田で少し離れているので、自分の両親も参列できませんでした。ただ、告別式だけは行っておかないと、ということで、今日土曜日の朝8時に出発して、車で高速道路を走って2時間かけて岸和田まで行ってきました。葬儀場に到着すると、まったく知らない人がたくさん・・そりゃ親ほども年の離れたいとこには、子も孫もいるワケです。その人たちとはもうまったく交流がありませんしね。せいぜい、いとこの子がまだ子どもの頃にチラっとみかけた程度です。その子が40歳代にもなってしまったら、ぜんぜんわかりません。もう赤の他人と言っていいレベルです。唯一の接点は亡くなった伯母さんだけなのだなぁと思うと、もしかしたらもうこの先、会うことが無い人もいるのだろうな、と。