岡山城 登城記 2016年7月 

201607OKY_0201.jpgちょっと前の今(2016)年7月のこと、岡山国際サーキットで開催された、ティーポ・オーバーヒート・ミーティング2016に参加した後、岡山市まで足を延ばして後泊。翌日、岡山城へ行ってまいりました。前々日の津山城に続いての登城を実は楽しみにしていたのでした。



岡山城は戦国大名で、後の豊臣政権では五大老を務めた宇喜多秀家の手になるお城。明治の廃城令後も主な建築物は残っていたそうですが、残念なことに太平洋戦争の空襲で国宝の天守を含み焼失してしまったとか。あぁもったいない。

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現在は烏城(うじょう)公園として整備されていますが・・この石垣、高い!櫓の大きさとの対比でちょっと錯覚しますが、歩く人のサイズを見れば石垣の巨大さがわかります。



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烏城の別名のとおり、黒壁の天守は鉄筋コンクリート製の復興ですが、迫力満点です。



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天守最上階は展望台になっていて、城下を一望できます。岡山の名の由来になった小山ですが、前々日の津山城よりはずっと楽に登れました。日本三名園のひとつ、岡山後楽園も見えます。



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貴重な遺構建築、月見櫓は重要文化財に指定されています。岡山城・・かなりの名城ですね。石垣の巨大さからして、宇喜多氏の勢力、背後にある豊臣氏の権力の大きさがうかがえます。関ヶ原の戦いで敗れた西軍に付いた宇喜多秀家は改易となりますが、その後釜として入城したのは、あろうことか小早川秀秋・・西軍から寝返って東軍勝利のきっかけになったとされる武将。流刑の地で50年、生きながらえた宇喜多秀家は無念だったでしょう。

これまで、再建や復興された天守など、どうせニセモノだからとあまり興味を持ってこなかったのですが、考え方を改めなければなりませんね。食わず嫌いをやめて、もっともっと名城を巡ってみたいものです。



【散財メモ】
560円:岡山城・岡山後楽園 共通券
計:560円

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