安土城へ行ってきました 

20161002_01.jpg先週は彦根城へ約30年ぶりに行ってきましたが、今週ははじめての安土城へ行ってまいりました。自宅からほんの10km、クルマでなら20分ほどで到着できる近所で、真ん前の道路は数えきれないほど通過していると思います。駐車場で休憩したこともありますし、ブログのプロフィール画像を撮りにチョイノリでも行ったことがあります。それほどに近くなのに、一度も登ったことはなかった安土城・・ようやく思い切って行ってきました。



天守が国宝に指定され、その他にも重要文化財などいくつもの建物が残っている彦根城とは違い、本能寺の変の後に焼け落ちてしまった安土城には当時からの建物はありません。廃城後、長く放置されてきて、昭和の時代になってから発掘と整備がおこなわれはじめたという城跡は、標高200メートルほどの安土山に登山するイメージ。



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大手道や家臣の屋敷跡も石垣や礎石が残るのみ。ただ、徳川家康の屋敷跡と伝えられる場所には、摠見寺の仮本堂が建てられています。仮と言ってもその状態が長く続いているらしく、仮設というようなものではありません。



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その摠見寺の特別拝観料を払うと、抹茶をごちそうしてもらえます。時間はあまりありませんでしたが、たまにはこんなのもいいかなと思い、いただいてきました。



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安土山・・思った以上に困難でした。石段の一段一段が大きかったりして、自分の体力(とくに心臓)では何度もヘバってしまって休みながら登っていきましたよ。



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二の丸跡には織田信長の本廟が。



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さらに登ってようやく本丸跡。御殿跡には礎石が残っていますが、間から杉の木が何本も伸びており、放置されてきた歴史を感じ取れます。



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天主台はさらにもう一段上がったところ。昭和の発掘によって出現したという礎石は石垣の中、地下一階にあたる場所にあり、自由に歩き回ることができます。



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そして天主台石垣の上に登ると西の湖や伊庭内湖、その向こうに琵琶湖、さらに向こうには比良の山々が見えます。天主があった400年前頃はこの安土山の麓まで内湖が接していたということですから、さぞかし壮観だったでしょうね。石垣は苔に覆われてしまって廃城感がものすごいです。反りもない、初期の形の石垣ですねぇ。



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帰り道は途中から別ルートになり、摠見寺の本堂跡に出ます。こちらもなかなかの眺望。そして三重塔や仁王門は安土城の築城当時から残る古い建物だそうです。それにしても城郭の中に寺院が取り込まれているというのも珍しいですかね。



安土城・・大手道からの石段も所々崩落していたり、山の水が流れ出ていたり、お世辞にも整備が充分という感じはありません。さらに摠見寺の本堂跡への参道(安土城跡順路の帰路ルート)への道のりは土の細道で木の根がたくさん張り出していてつまづきそうになるし、その細道の片側は乗り面が迫り、反対側は崖になっていて手すりや防護柵も無いので、うっかり足を滑らせると墜落の危険が(汗。しかも雨の後でぬかるんでいるところも多く、息が上がってフラついたりしたら本当に落ちるのではないか?と思いました。このへんは本当に「登山」というイメージになってしまうので、年配の方や脚が不自由な方は無理なことが多いでしょう。信長の最後の居城ということで人気はあると思いますが、難易度はそれなりに高い部類になってしまいますかね?ともあれ、ようやく登城できました。



【散財メモ】
700円:安土城跡入場料
500円:摠見寺特別拝観料(抹茶付)
計:1,200円

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